仕事が出来る人。もしかして、二種類いるのかなと言う気がしている。
「人に言われた仕事が出来る人」と「人に言われずとも仕事が出来る人」。これ、かなり大きな違いがあると思うんだなぁ。
結果としては、同じモノができることもあるだろうけど、スタート地点の違いって結果そのものが一緒だとしても、何か違うはず。
スタートが早ければ例えば、早く結果も出せるでしょう。次の仕事にも素早くかかれる。もしくは、余裕で自分の好きなことも出来る。逆はどうなるか。
長い目で見たときの結果の数の違いおかもあるけど、それ以上に「人に言われた仕事が出来る人」の場合は、「遠目のビジネス」が出来ないだろうなと思う。結局は、常に誰かに指示なり命令なりでしか仕事が出来ない一生になるのではないかな。もちろん、別にそれが悪いことだとは思わないし、そういう姿勢を否定するつもりもないし、とっても助かる人であるのは事実で、評価はしないといけないと思う。
最近大事だなぁと思っているのは、遠目を持つ人生かなと。遠目のビジネスもその一つ。遠目の家庭生活、遠目の子育て、遠目の恋愛、遠目の遊び、遠目の勉強・・・。
近目で過ごすから上手くいかないのか、上手くいかないから近目になるのかは、卵が先か鶏が先かなのでよくわからないが。
仕事場に話を戻すと、遠目を持っていないと、忙しいだけ。遠目を持っていないと義務感ばかり。こんな感じになるんじゃないかな。
まず、ちゃんと「遠目を持ちたい」という意志を持つこと。そして、そもそも遠目とは何かを定義すること。そして、自分にとっての具体的な遠目とは何かを決めること。
実は、この「具体的な遠目」って決められない人っているんだよなぁ。これは、素質なのかもしれない。もしくは性差もあるかもしれないなと感じている。※ここで、どっちの性が持てないなんて書くのは避けます。想定外の物議を醸し出しそうなので。
遠目の1つは物欲でも良いんだけどね。例えば、ボクの今の物欲は松風の次(笑)。もう、ターゲットを決めている。で、ここまでは誰でも出来る。でも、ここから先が出来る人は少ないんだなぁ。欲しい欲しい、やりたいやりたい、これでは今時の小学生以下かな。
さて、もう一つ・・・実は近目人特有の姿勢があるんだなぁ。広い意味での好奇心。自分の趣味嗜好だけではなく、自分の哲学や取り巻く環境への積極的な深掘りと関わり。こんなのが少ないかな。
さて、あなたはどうですか?自分を過小評価してもいけないが、過大評価はましてダメよ。いっぺん、自分の姿を等身大で、自分自身できちっと理解することから始めること。
>どさんこさん
仰るとおり、異端というか多様性を取り込んでこその健全だと思います。うちは、ボク自身が半端者なので、最初に半端者ばかりあつまり、半端者の文化ができあがり、そこに規模の拡大と共に、ノーマルが入ってきて、どっちつかずになりつつあるのが悩みかもしれません。
>irumiさん
えっ・・・マジですか?たぶん、ボキャブラリーの少なさのなせる技だったんだとお許しを。
>ituさん
この辺の話は、書ききれない周辺や状況や主観やらがありますので、読み流してください。全部が全部、自分でちゃっちゃかできるっていうのも、変かもしれませんしね。色々と、悩みと言うより考えることが増えちゃっています、ハハハ。
投稿情報: ara3 | 2007年8 月19日 (日曜日) 01時31分
最近、難しいテーマが多いですね。今回の話もいろいろ思うところがあるのですが、「結局は、常に誰かに指示なり命令なりでしか仕事が出来ない一生になるのではないかな。もちろん、別にそれが悪いことだとは思わないし、そういう姿勢を否定するつもりもないし、とっても助かる人であるのは事実で、評価はしないといけないと思う。」というところは、その通りだと思います。無難なところに一票入れておきます。
投稿情報: itu | 2007年8 月18日 (土曜日) 17時02分
すみません、もっとズレます…
高校時代ara3に、「遠目美人」と言われました。
美人は美人でも。
ハァ。
いや、美人と言われたいわけじゃないっす。
投稿情報: irumi | 2007年8 月18日 (土曜日) 01時52分
生物界では「ゆらぎ」がないと進化ができないように、
組織体にあっても、多少の「ゆらいだ」人間がいないと現状打破に繋がらないそうです。
型にはまった人間ばかりより、人と違った行動様式を持った人間がいると面白いことが起きる可能性があります。
しかし、組織がその異端を認めるかどうかが鍵ではないでしょうか?
人事の仕事をやっていて、最近、思うことです。
すいません、記事の趣旨とそれちゃいました・・・。
投稿情報: どさんこ | 2007年8 月17日 (金曜日) 23時16分